2019年9月度例会 「帰国子女でなくても同時通訳になれる勉強法と相場や地政学分析にも応用できる米国リベラルアーツ教育」

金子恵氏

(当会会員・元同時通訳者、現在損保の秘書部と調査部兼務)

 

本日は、シカゴ大学大学院に留学の経験はあるものの、小中高は日本の公立校しか出ていない金子氏が、いかにして同時通訳者になれたか、米国のリベラルアーツ教育はどういうものだったかを、その経験をもとにご講演頂いた。

 

先ず、英語力の向上の観点から、日本の英語教育、辞書・教科書・参考書の問題点を克服し、どのようにすればビジネスで使える英語を習得できるか、という話から講演は始まった。なんと、教科書、辞書、参考書に間違いが多いからだという。

 

例えば、極め分かり易い例として、will leave(発つであろう)、will be leaving(予定しているので、もうすぐ準備にかかる)、be going to leave(以前からの予定で変更もありうるが、まだ準備にかかっていない)、be leaving(必ず発つ。現在進行形)、leave(必ず発つ。準備は万全)、be to leave(計画により、発つことになっている)の違いを分かり易くご説明頂いた。

習った英語に加え、数千語の単語を覚えることが必要で、単語を覚えるには、漢字の部首に当たる接頭語・接尾語などに分解して覚えると良く、またインテリ英語(eg. very important=>critical, crucial, vital, etc.)を覚えると効果的である。

 

また、同じ茄子でも、日本の長茄子と米国の米茄子の形が違うように、日本語と英語の言葉の定義の範囲の違いと、可算名詞・不可算名詞(eg. a chikenは一羽の鶏、chikenは鶏肉)の理解も必要である。通訳力向上には、ヒアリングしながら少し遅れて真似をするいわゆるシャドーウィング練習が効果的で、出てきた語順でそのまま訳していく同時通訳的な訳し方やcollocation(適切な言葉の組合せ)を覚えることも必要である。また、日常用語とインテリ用語は異なるため、インテリ用語も覚えることや、頭からそのまま訳して理解する方法を練習することでヒアリング力が増すというお話でした。

 

海外の国際会議は日報紙もユーモアにあふれていたものだったので、例を写真を交えてご紹介頂いた。IMF国際会議での様子を撮影した写真の説明に”As veterans, we should at least pretend that all is well.”(「ベテランとしては、全てうまくいっているというフリをしないとね」)。IMFラガルド専務理事(当時)の”IMF or no, I can also earn a living on the catwalk“(「IMFであろうとどこだろうと、私はモデルウォークで生活費を稼げるのよ」)。”Calm down, The meeting is almost over”「落ち着け!会議はほとんど終わったんだから・」等々)

 


次は、金子氏が何故留学をしたいと思ったかについて。

金子氏は、少女の頃に見たVogue(雑誌)の華やかさや、地球儀で夢を膨らませ広い世界に羽ばたきたいと思った。しかし、フェリス女学院大学を卒業して入社した大手食品会社は、固定的な学歴と出世構造の会社であった。「仕事も頑張っていただきたいが、職場の花でもあってもらいたい」と言われ、鏡に向かって、これで部長の評価があがるなら、いくらでも巻いてやろうじゃないの、と髪をまく毎日だったという。

 

シカゴ大学大学院留学中は、2年間で主に古典を中心に1,000冊の本を読んだ。マルクス、ルソー、アダム・スミス、古代ギリシャ哲学、シェイクスピアにはじまり、リーマンショック後その帝国主義の記述が話題を呼んだHannah Arendtの本などを読み漁った。現在は共和党のことがよく分かるAyn Randの本、Bill Emmott, Robert Kaplan, Lee Kuan Yewなど地政学や政治哲学関係の本を読んでいる。(写真 シカゴ大学メインキャンパス)

金子氏はそこで、普遍性の挟持、すなわち普遍的な物差しを自分の中に取り入れることの重要性とアリストテレス的な中庸(平均ではなく、やり過ぎ・不足でもない)の選択をし続ければ、犬は孫の代もただの犬だが、人間は、奴隷の孫でも頑張れば大統領になれる、つまり、現在の姿は毎日の決断の積み重ねであるの重要性を学んだという。文学の分析を通して、帰納法や演繹法に応用し、歴史の分析や相場・政治の分析が出来、果ては地政学にまで応用できるという、いわゆるリベラルアーツ教育の応用力を獲得した。

 

文学や映画を鑑賞するときは、作者の主張は何かを考えながら読み、仮設をたて、その検証のための証拠を拾い集め、共通項を見つけ、点と点を結び、線や面にしていくことは、その分析方法や歴史等パターンを用いて、相場の定性分析にも政治分析にも用いることができる。留学後には、歴史年表をベンチマークとして捉え、パラメーターがどのような組み合わせと塩梅になると歴史がどう動くのか、革命になるケースとクーデターで終わる場合いに違いは何なのかなどを考えるような歴史の読み方をするようになったという。

例えば、シェイクスピア「リチャード三世」の主人公の“俺は悪者なのだ”という台詞はどういう解釈が成り立つのかを考え、シェイクスピア「コリオレーナス」やプラトン「ソクラテスの弁明」ではポピュリズムの大衆の心理と演説の展開方法を分析し、レビ・ストロース、デュルケム、ベンサム、クローチェ、ロラン・バルト等々も読み、正義とは何か、真実とは何か、権威とは何かを議論したり、マルクスを読み労働と労働力の違いを議論したり、シェイクスピア「ヘンリー5世」を読んで、帝王学や世界大国の戦争勃発危機や石油問題、貿易戦争等につながるパターンを学んだ。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は、単なるアンハッピーエンドの恋物語、という粗筋を理解するだけでは足りないという。経済学者の岩井克人氏の解釈のように、「人間とは、最も重要なもの(この場合は子孫)を失うまで戦うことを止められない、愚かな生き物である」というところまで抽象化して本質を理解しなければ、シェイクスピアを読んだことにはならないという。

 

最後に、留学中の体験として、二年後には同期は9割減っていたが、日本人は先生や上司の意見をそのまま踏襲したレポートを書く習慣があり、論文に何を書いたら良いか分からず、脱落していった多くの日本人の留学生をみて、日本人には自分の物差しで分析し、自分の頭で考えることができない人間が多いことを痛感したという。

 

日経平均は外国人投資家の売買によって方向が決まるそうだが、過去数十年の株式相場を見ると、軍事的な問題や政治的な問題などでも株価の方向が決定していたことがわかる。所謂Policy Uncertaintyによる株価の変動は、日本人がリベラルアーツ教育で世界の古今東西不変の普遍的な常識というものを身に着けていないため、非常識な判断をしていることが、日本に対する失望となり日本株の売りにつながっている、という分析であった。

例えば、湾岸戦争で資金しか提供しなかったことは、アメリカ人の家族が亡くなっても構わないが、日本人の家族は死なれたら困るという、非常に利己的な判断であったこと、お金は再生可能だが、人間の命は再生不可能であることを配慮に入れていなかったことは非常識な判断であったと金子氏は主張。戦時に同盟国へ兵士を送るのは最大の貢献であり、カタールが日本に感謝の辞を送らなかったのは、当然であるという。覇権国が属国の国民を奴隷や傭兵に使うのは古今東西よく見られた事柄だが、属国が覇権国の国民を傭兵として扱ったのは歴史上前代未聞であり、ローマ帝国は傭兵を使うようになってから衰退したというが、湾岸戦争時にアメリカ兵を傭兵として扱ったことは、その時に日本がメンタリティー的に衰退の時期にあったことの証左といえると金子氏は語った。

現在世界で株価や国債、通貨などが大幅に下落しているドイツ、イタリア、トルコ、ベネズエラ、アルゼンチンなどは一帯一路に参加している国である。日本銀行が中国の元と通貨スワップを行うことは、日米安保の下同盟国であるアメリカが貿易戦争を行っている中国を助けることである。日本の金融機関が元での多額の国際決済額をとることは、中国の通貨がデファクトスタンダードによる基軸通貨になることを助長することになるという。リブラがテロや麻薬取引の資金の流れがつかみにくくなるために非難が集中しているが、       日本が同盟国のアメリカと足並みがそろっていない。トランプ大統領が来日頃に、経団連会長が入院後、経団連は米国と中国と等距離ではなく、米国寄りの政策にするようになっていることを考慮すべきであり、株価においての失われた30年は日本人の政治的、ビジネス上の判断の結果であると金子氏は力説した。

 

日本の失われた30年の一因は、リベラルアーツ教育(文学・哲学・社会科学・歴史・芸術)を軽視したため、創造的な発想、分析力、政治感覚、グローバルスタンダードの常識などを養うことができなかったため、日本人が政治音痴になったこと、世界からみて非常識の感覚を身に着けてしまったこと、創造的に考えられなくなったことにあると主張。

 

しかし、今の日本では、リベラルアーツ教育者の人材が不足しており、かといって海外で勉強してもMBA以外の留学生は経済界では重用されてこなかったこと、MBA保持者も外資に転職した後失職した人はセーフティーネットもなく、留学者の給料は日本ではそれほど高いものではなかった。能力主義の徹底と、セーフティネットの構築が日本の留学生の数を増加させるのに必要であろうと、金子氏は分析する。

 

経済学者リカードが書簡の中で “無駄こそが最高の贅沢であり、やがてそれが富を生む”と述べているが、その無駄とは遊びであり、恋愛であったり、リベラルアーツ教育でもあるという。りー・クアンユーの言う”人種だけでなく、思想にも多様性を認め、独創性を尊び、結果の平等を強要することなく、能力主義を徹底した社会の構築が、社会を活性化させる“のではないだろうか、と当講演を締め括られた。

 

続く質疑応答は、金子講師、井出代表理事、松村会長、によるマイケルサンデルの白熱教室さながらの遣り取りがあり、教養高い雰囲気の中で本日の講演会は終了した。

 

(文案:田中資長、監修:金子恵)