2021年5月度月例会 講演会「損保雑学〈損害保険の歴史・・・そんぽよもやま話〉」

 

講師 : 川畑 茂樹(フォーカス・ワン理事)

 

<経歴>

1970年 県立鹿児島中央高校卒業

1974年 横浜国立大学経済学部卒業 

1974年 東京海上火災保険(株) 入社

     (現 東京海上日動火災保険(株))

2008~2011年  同社 常務執行役員

2011~2015年 東京海上日動あんしんコンサルティング(株)   取締役社長 

 

  

1.     はじめに

  損害保険の歴史について、日本損害保険協会の冊子からの引用や私自身の

 東京海上での体験等に基づき「そんぽよもやま話」と題して、ZOOMによる講演のため多少駆け足になりますが、これからお話致します。

 

2.保険の起こり

紀元前3000年頃のメソポタミア文明下に於けるバビロニア時代での通商・交易にまつわる話として損害保険と似たような取り決めが行われていた様です。

 

即ち、当時の金持ちが物資の買い付けや運搬を旅商人(キャラバン)に任せた(委託した)際に、旅商人の妻子や財産を預けた買付資金の担保として差し出させ、そして、無事に物資を買い付けが出来た時は、その売買で得られた利益を両者が折半していたとのことです。旅商人が旅をするのは“月の砂漠”の様に喉かなものではなく、灼熱の砂漠を襲われる危険を孕みながらの厳しいもので、成功した折りには相当の対価を得ていた様です。

 

3.陸から海へ(野山や砂漠を越えての陸上輸送から海上輸送の時代へ)・・・・・・・「保険の原型の始まり」 

紀元前3世紀頃には、地中海を中心に活躍したギリシア商人が開発した「冒険貸借」という制度がありました。

具体的には、船主や荷主が、船を担保に金融業者から金を借り、船が無事に帰港すれば元金に利息をつけて返済するが、万一海難事故などで帰港出来なければ返済しなくても良い、という制度であります。その後この制度は、ローマ法王グレゴリー9世が1230年に発布した「利息禁止令」により廃止とされるまで続きました。

 

4.ヴェニスの商人により生み出された「海上保険」

更に発展して、14世紀にヴェニスの商人たちにより「本格的な海上保険制度」が創出されました。最も古い海上保険証券は、1347年にジェノヴァにて発行されたと言われております。因みに、当時の保険の対象は、地中海交易に従事する船舶と、絹・綿布・香料などの積荷でありました。

 

5.舞台はイタリアからイギリスへ

(1)イタリアで生まれた海上保険は、イタリアでは金融業者などの副業として運営されましたが、やがてイギリスに移ってからは、13世紀頃からロンドンに移り住んだユダヤ人などによる専業として営まれるようになり、1568年に王立取引所(金融・保険の業務を専門に行う)が開設されました。

(2)「ロイズの誕生」

 ①1688年にエドワード・ロイドが開設したコーヒー店に、船主・荷主や保険引受人などのお客が多く集まり様々な情報交換をしていたのを受けて、ロイドがお客へのサービスとして「人・船・積み荷・気象・潮流など海運貿易全般についてのニュース、所謂「ロイズニュース」の発行を1696年に開始しました。

 ➁1713年にロイドが死去したのち、コーヒー店の常連客の中から個人の保険引受人が現れ、それらの個人引受人が集まって「保険の引き受けグループ・・・ロイズ」を創設し、併せて、資金を出し合ってロイズビルディングを建設しました。

ここでロイズについて詳説すると、ロイズは保険を引き受けるシンジケートの集まり(保険引き受け集団組織)で、各シンジケートは保険引き受けのユニットであり、保険会社と同格の存在でありますが、多くのシンジケートはそれぞれの専門分野を構えて引受を行っておりました。

因みに、現在は約90のシンジケートが営業(保険の元受けや再保険の引き受け)を行っています。東京海上HDはこの内4つのシンジケートを保有しております。

 

ところで、盗塁王の福本の足に損害保険を掛けたと言う話がありましたが、これはある種の過大広告で、日本ではその様な保険は引受られない筈ですので、実際は福本自身に対する傷害保険が掛けられたと言うことだと思います。

また、リスクあるところに保険ありと言うことで、マリアカラスの喉に保険を付けるとか、著名なバレリーナの足に保険を付けると言ったことが、ロイズに於いては可能だと言われております。

<(注)「ロイズに保険を付けた」という表現は正確ではなくて、「ロイズのシンジケート○○番に保険を付けた」という表現が正しい。>

 

6.陸に上がった損害保険・・・火災保険引受の開始

火災保険は、1666年に発生したロンドンの大火災(ロンドンの5分の4が焦土と化す)を機に、歯科医師だったニコラス・バーボン氏が、火災保険会社「フェニックス」を設立し引受を開始したことにより誕生し、その後イギリスでは次々と火災保険会社が創設されました。ニコラスは、ロンドンの過去の火災発生状況を調べ発生頻度を統計的に割り出すと共に、建物構造が煉瓦建か木造かにより延焼等の危険率を評価して、火災保険料率を決めるという画期的な手法を導入しました。

 

7.イギリスからアメリカへ:ロンドンで生まれ、育まれた近代保険制度が、その後アメリカに渡る

アメリカ最古の損害保険会社は、1792年にフィラデルフィアに設立され、海上・火災の他、生命保険の引き受けも開始したと言われております。

アメリカの損害保険は英国の会社がアメリカに進出したことにより広まりましたが、現在では世界の損害保険市場の4割はアメリカの保険会社が占有しております。

 

8.新種(新しい)保険の誕生

海上保険から火災保険と広がった損害保険は19世紀以降、次のように様々な新種保険が誕生しました。

 

①9世紀初め、パリジェンヌが自分たちの化粧鏡に保険を付け始めたことを契機に、今ではあらゆる動産資産をカバーする動産総合保険もあります。

現在では建設機械や事務機の付保が大きな位置を占めます。

②1885年にグラスゴーの警察官のアイデアで始まった盗難保険

③1895年にベンツが自動車を開発した翌年に始まった自動車保険の引受

④リバプール/マンチェスター間の鉄道開設に伴い発売された傷害保険は、駅の窓口で切符と並んで同サイズの傷害保険のチケットが発売されるようになりました。

 

9.ペリー来航と共に日本に導入された近代損害保険制度

①日米修好通商条約により横浜・長崎・函館の3港で貿易が始まると、外国の貿易商人が続々と日本に進出してきて外交人居留地を作り商館や保税倉庫が建設されるに伴い、火災保険のニーズが生まれ、香港や東南アジアに拠点を持っている欧州の保険会社が数多く進出して来て、一番貿易量が多い横浜で開業しております。(記録上では、イギリスのインペリアル保険会社が1861年に横浜で開業しております)

②日本にも江戸時代の朱印船の時代には、「抛金(なげかね)」という制度があったことが分かっています。金融業者が航海ごとに金を出し、無事に航海が終われば利子と元金を徴収、しかし船が難破した場合は何も払わなくていいというもので、これが日本における損害保険の原型とされます。

③輸入貨物、輸出貨物の増大に伴い、英・米・仏・蘭の公使の要求を受け、幕府は保税倉庫の建設をさせられた上に、倉庫内収容の貨物について幕府側の責任と費用で火災保険締結を余儀なくされております。例えば神奈川奉行名でイギリス・香港の保険会社に貨物に対する火災保険を付保という記録が残っております。この様に他人の為の保険契約を強いられたのも日米修好通商条約に基づく不平等の一例であります。

④民間向け保険契約の先駆けとして、明治9年にイギリスのランカシャー火災保険会社が、「火災保険申し込みは新橋の○町へご来訪乞う」という日本語の新聞広告を出した、と記録されております。日本では外国保険会社の引受活動により損害保険は普及して行きました。

⑤明治初期の統計資料によりますと、当時横浜で火災保険・海上保険等の保険業を営む外国の保険会社は72社に及んだということです。

 

10.本邦初の損害保険会社の誕生・・・東京海上保険会社

①幕末から明治の初めにかけての外国保険会社の進出という刺激を受け、日本国内にもその創設の必要性が提唱され、明治12年(1879年)に日本最初の損害保険会社「東京海上保険会社」が設立されました。この保険会社は、当時の公卿や旧藩主グループが東京/横浜間の鉄道払下げ用に用意していた資金を転用し、そして三菱会社岩崎弥太郎社長などが資本参加し、そして渋沢栄一氏が世話人となり設立されたという経緯があり、同社は旧東京海上の前身であります。

②火災保険につきましては、明治20年日本初の火災保険会社「東京火災保険会社」が設立されました。同社は旧安田火災(現 損保ジャパン)の前身であります。

尚、因みに本邦初の生保会社は、1881年設立の明治生命保険会社です。

(正確には1880年に日東生保会社が開業されましたが、その後すぐに倒産)

 

11.最後に:保険料算定のメカニズム

算定するための「3つの原理」として以下の法(原)則があります。

●大数の法則:発生確率は統計的に有意なものとなるための数多くのデータに基づき算定する。

●公平の原則:保険料は事故確率の高い人には高く、低い人には低く設定することにより公平性を保つ。

●必要十分の原則:貨物等に付保する条件は遭遇するリスクに対して必要かつ十分なものとする。

算定のコンセプトをもっと判り易くシンプル説明しますと以下の様になります。

   F r e q u e n c y  ×  d a m a g e a b I l I t y                                                     

  (事故の発生頻度)       (発生時の損害度合)

 

以  上

 

(文責:若色房夫)