IoT技術と地域資源を活用した循環型社会の創造に向けて

~中山間地域におけるデジタル活用の可能性

講師:兒玉則浩(こだま のりひろ)氏

株式会社MOVIMAS 代表取締役

  八幡平市ふるさと大使

  株式会社八幡平スマートファーム代表取締役/高石野施設野菜生産組合長

 

本日は当会最若手の兒玉則浩氏(37才)にIoT活用によるスマートファームで地域の発展に貢献して来た軌跡、すなわち東京在住のITスタートアップの経営者が、なぜ八幡平市ふるさと大使を務め、八幡平スマートファーム代表や高石野施設野菜生産組合長を務めることになったか語っていただきます。

 

≪講演要旨≫

■はじめに

八幡平市は、人口2万5千人、面積862㎢、約75%が山林の岩手県北西部に位置する自然に恵まれた所です。鏡沼(ドラゴンアイ)・金沢清水・岩手山の溶岩流・日本一の雪の回廊・八幡沼などの名所が数多くあります。

実は、地熱発電のふるさとと云われ、1966年に日本初の商用発電を開始した松川地熱発電所(2016年機械遺産認定)は、今年で56年目を迎えます。

 

東京駅から盛岡まで新幹線で2時間、花輪線に乗って45分で、北森駅(=八幡平市役所に直結)に着きます。八幡平市(田村前市長・佐々木現市長)の皆さんとの出会いがきっかけで、IoT農業モデルとしてのバジル栽培が始まりました。MOVIMAS社は、昨年3月に首都圏から八幡平市・支援センター内に本社機能の移転を決めました。

 

■田村正彦市長との出会い

始まりは「地熱エネルギーの活用」と「未活用の熱水ハウスの現状」です。

松川地熱発電所の地熱蒸気を利用して造成された温泉水は、八幡平市内に張り巡らされた総延長48キロの配湯パイプを通じて、旅館・ホテル・病院・熱水ハウスなどに送られています。既存の配湯インフラがありました。

また一方で、高齢化による就農者離れや施設の老朽化などの問題で、未活用の熱水ハウスが放置されていました。

 

田村市長は、この地にある「温泉水―使われていない熱水ハウスー最先端の技術」から、「地熱による地域資源を活用した新たな産業でまちづくりを推進して事例を県内から全国へ展開する」ことを発想し、地域資源の活用による持続可能なまちづくりを進めることを決断しました。

「熱源」が既にあり、「人の力」があって収穫もできる。

では「未活用の熱水ハウスの再生」をどうするか? そこに「IoT次世代施設園芸」がキーワードになった訳です。

 

■スマートファームプロジェクトの始動~事業の拡大と推進をめざし㈱八幡平スマートファームを設立

東京でクラウドIoT制御システムの開発を行う株式会社MOVIMASの代表者として、現地で老朽化が進む未活用熱水ハウスを目の当たりにした私は、熱水ハウスを最新の技術で再生できないかと強い思いを抱いていた田村市長と意気投合し、官民連携で考えたのが、「スマートファームプロジェクト」です。

「未活用の熱水ハウスをスマート農業で再生する」プロジェクトが始動し、2019年1月創業の株式会社八幡平スマートファームは、八幡平市と企業立地協定を締結し、未活用熱水ハウス50棟の再生をめざして事業を展開して行くことになります。

 

その経緯を振り返ると、2016年12月八幡平市を視察、2017年6月地熱発電所温水と離農未活用熱水ハウス、IoT技術による再生計画を作成。8月八幡平市とMOVIMASで包括連携協定書を結ぶ。9月「スマートファームプロジェクト」の基本合意、市から借り受けた地区の熱水ハウスの整備に着手し、実証実験開始。栽培作物には東北では珍しいバジルを選定。日本初の商用稼働した松川地熱発電所からの排熱を利用し、氷点下15度の厳冬期でも施設野菜団地の温泉温度は40度に保ち、冬場でもバジルの適温20~30度をキープ。10月岩手県初の実証栽培バジルの初出荷。2016年12月に初めて八幡平市を訪れてから、わずか10カ月で温泉バジルの第1号を出荷、普通は3年ほどかかるところです。11月地元雇用での新規就農者支援を開始。2018年1月経済産業省へ未活用熱水ハウス整備と商用ハウス再生構想を共有。

 

■サステナブルな農業をめざして

地方人口は、産業衰退や少子化進行、労働力流出などで減少の一途だ。

八幡平市の人口は、昭和35(1960)年には54千人であったが、以後激減し、昭和50(1975)年には34千人と15年間で36%減少し、さらに平成27(2015)年には26千人と55年間で51%減となっている。

また全国レベルでの農業就業人口は、昭和55(1980)年から平成28(2016)年の約35年間で72%減少し、総労働人口に占める割合は約3%となっている。

 

一方で、新規就農の課題としては、資金・技術・農地の3点が挙げられる。その中でも資金面の課題が一番の大きな障壁となっている。これをバジル農家のケースで見ると次の通りです。

・資金面では、一般的な初期投資は、従来型農業(IoT未活用ハウス)で、約1,000万円(200㎡)。収穫までの生活費や栽培における最低限の仕入れ費用も手元で確保する必要がある。

・技術面では、バジル農家として成功するには、最低限の知識や技術が必要。栽培に必要となる苗や肥料の仕入【原価管理】、収穫を行うまでの一定品質以上の病虫害対策【品質管理】、温湿度管理や加温など、売上最大化の栽培環境構築【環境構築】、六次化企画を含む、出荷までのプロセス作りと販路開拓【売り先確保】です。

・農地面では、一般的に農地を探し、確保するには、農地法に基づく売買や賃貸の許可を自治体に設置される機関から得る必要がある。代々受け継がれてきた農地や付随設備、権利取得には別途当事者との交渉の必要もある。

 

■IoT技術と地域資源で変えるこれからの「働き方・暮らし・学び」

日本初の商用稼働した地熱発電所温水とIoT技術活用で熱水ハウス団地を再生する試みは、働き方や暮らしを変えて行く。

未活用ハウスの再生は、後継者不足や農地の所有から賃貸借を促すことで農地利用の継承を進め、IoT技術活用人材の育成により未経験者でも就農を100%達成が可能となることで雇用を創出する。

また地域資源・自然エネルギーの活用面から見ると、地熱発電の排熱利用によるエネルギーコスト削減(暖房コスト約90%削減)と環境問題解決につながり、脱炭素社会へ向けての一歩となる。

CO2フリーの温泉で炭素吸収バジルを周年栽培することで、地域ブランド化・先進農業を学ぶ・地方移住&農業留学・六次産業化創出(1次・生産×2次・加工×3次・流通販売)などの暮らし方や学び方にも変化を及ぼす。

※六次産業化…農林漁業者が、農産物などの生産物の元々持っている価値をさらに高め、それにより農林漁業者の所得・収入を向上していくこと。

 

IoT制御・自動化は、栽培技術ノウハウ習得で新規就農を誘い、栽培管理および省力化で工数減となり、次世代農業による技術の伝承が可能となる。

従来型農業に比べ、水使用量は2%、栽培肥料は40%、熱使用料は10%で済み、栽培面積は10倍となり効率的である。

 

■IoT農業モデルの水耕栽培管理システムの特長は、IoTによる管理で未経験者でも100%の就農達成が可能となること

具体的に提供しているものは、「循環扇とミスト制御」で、湿度調整を行い、害虫発生頻度の抑制、収量向上と出荷品質を安定化。

「温泉流量制御」で、作物が成長に必要な温度へ加温し、周年栽培を実現。

併せて「温熱利用量調整」によりCO2排出削減とコスト低減化。

「養液循環制御」で、肥料濃度の一定管理およびアルカリ・酸性値を適正化し、成長促進と収量向上に貢献。

「換気扇制御」で24時間365日継続して空調管理を行い、栽培環境を整え、病気リスク除外と収穫ポテンシャルを維持。

これらのデータ管理につき「AI画像判定」により、就農者スキル不足をAI画像判定エンジン蓄積データ解析により就農をサポートする。

 

■売り先を確保した高収益葉物野菜と新規就農者支援の取組み

八幡平市とMOVIMASで企業立地協定を締結し、八幡平スマートファームを経営。

八幡平市は、地熱発電・温水供給・熱水ハウス・就農者の募集とトレーニングを分担。収穫された岩手県八幡平産温泉バジルはふるさと納税の返礼品[KN1] にも利用。

MOVIMASは、IoT次世代型施設園芸への転換と拡大を推進する。

八幡平スマートファームは、販路開拓を担う。サンリオ社で45周年を迎えるハローキティオリジナルパッケージで1次産業初の商品化し、地元産地直売所で生鮮のハローキティ温泉バジルの販売開始。自社ブランド品“温泉バジル薫るジューシーソーセージ”の開発。地元ホテル・食堂で八幡平産温泉バジル入りナポリタンを展開。

 

■温泉バジルはMOVIMASの現地法人の八幡平スマートファームへの協調投融資で事業を実現した

これまで実証団地(0.1ヘクタール)の熱水ハウス5棟でバジル栽培していたが、2019年に、日本政策金融公庫・岩手銀行・いわぎん事業創造キャピタルの協調融資や出資で3億5,700万円を調達し、使われていなかった高石野地区の農業団地に商用展開する地熱温水ハウス12棟を建設。2020年春から通年出荷し大手スーパー向けなど年50トンの生産をめざす。最終50棟の立上げをめざす。

ハウス1棟当たり約3,000万円を投じて、縦型水耕栽培設備を導入し、4G回線によるIoT制御で室内の温度や湿度などをスマートフォンやパソコンを使って全自動で管理する。

2020年3月から大手スーパーや食品メーカー向けにバジルを出荷、2週間で出荷できる独自の栽培技術を活用して毎日収穫し、初年度は50トン、3年後をめどにハウスを50棟規模に増やすとともに生産も200トン台まで拡大し、年間3億円の売上をめざす。この施設からは2020年6月11日に初出荷した。

 

高石野地区は約40年前、花き栽培用に熱水ハウスが50棟設置された団地だが、後継者不足などで使われなくなっていたものです。

 

■日本初の商用地熱発電所温水利用の高石野施設野菜生産組合の設立

暖房用温水は1966年に日本で初めて商業ベースで運転を始めた松川地熱発電所から引いており、市が80年代に整備したインフラを利用する。気温が零下20度近くに下がる冬でもハウス内を20~30度に保てる。

農産物の施設栽培では設備投資や運用コストをどう抑えるかがカギになる。IoTは初期投資がかさむが、人件費はほぼ収穫要員分だけなので運用コストを抑えられる。暖房費も重油を使う通常のハウスだと月70万円かかるが、ここは5万円の温水利用料で済む。生産する作物は販売単価の高いバジルを選んだ。

地元コラボレーション商品「温泉バジル薫るジューシーソーセージ」(プレーンとチーズ入り2種、各1袋5本入り440円)を八幡平市ふるさと納税返礼品として、2020年7月から初出荷を開始した。

 

■日本初の地熱発電所温水とIoT活用で地域循環共生圏を創造する

八幡平スマートファームがIoT農業モデルの先駆けとなり、八幡平市から岩手県、さらに世界へ向けて拡げていかれたらよい。

2021年11月から岩手県・軽米町とも協業。年間約1,000万羽の鶏を扱う国内有数の鶏肉生産地で鶏舎が39地区にあり、鶏ふんも年間約3万トンにもなる。この鶏ふんを焼却した熱で温水を沸かし、ビニールハウス内に張り巡らせた管に通すことでハウス内の室温を一定に保ち、野菜の周年栽培を可能とする。鶏ふんの焼却で出る二酸化炭素CO2もハウス内に送り込み、野菜の成長を促すのに使う。2022年度中にはハウス6棟を整備し、2023年度からのサニーレタスやスティックブロッコリーの本格栽培をめざす計画だ。

 

無用とされた鶏ふんで、地産地消農業を実現する。今まで捨てていたものを燃料に変換し、循環型社会の仕組みを作りたい。鶏ふんを炭化すると悪臭を抑えられ、燃やした時の発熱量も2倍になるなど利点も多い。軽米町は2019年に国のバイオマス産業都市の認定を受け、町としてのバイオマス産業都市構想を策定。鶏ふんのエネルギー源化はこの構想の一環だ。

軽米町では、地熱の代わりに養鶏場から出る大量の鶏ふんをエネルギー源として活用する循環型農業を探り、地域の特性に合わせたモデルを確立し、雇用創出などで地域活性化に一役買いたいと思う。

 

未利用バイオマスとしての鶏ふん炭化後の焼却熱、研究過程の熱源としてグリーンILCの排熱利用などもあり、地域固有の熱源として高いポテンシャルを持つ。これらの排熱利用で2050年カーボンニュートラルにも貢献できる。

 

■IoT農業モデルの展開は八幡平市の事例が岩手県内に浸透し、さらに世界へと拡がる可能性を秘めている

岩手県・一関市では、 ILC(国際リニアコライダー=International Linear Collider)プロジェクトが計画されている。

これは国際協力によって設計開発が推進されている次世代の直線型加速器だ。世界100か国、1,000を超える大学・研究機関から、世界トップクラスの研究者・技術者数千人が東北・北山山地に集まり、10年・20年と研究を続ける国際研究拠点となることが期待されている。

このILCの排熱を利用した温水供給による大規模園芸施設暖房システム構想(複数品種栽培・健康食品・サプリメントなど六次化)に繋げて、IoT循環型社会創造事業システム構想まで拡張していけることが期待される。

 

■地域資源を知り、活用産業を学び、持続可能なまちづくりを次世代へと繋ぐ

将来へ向けての地域活性振興策として、「循環型社会モデル形成のまちづくり」をめざし、その起点としての『IoT活用によるスマートファーム(次世代施設園芸)』を位置付けて行ければ良いと考えます。

 

(文責:立山秀)